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20170418

amazarashiのzepp tokyoでの公演、思い出なんていらねえよって秋田さんが叫ぶように強く歌っていて本当にそうだと思った。メッセージボトル、東京でのあと2公演も楽しみだ。命にふさわしいは本当に私にふさわしい。

 

旦那が手術することになって早退とお休みをしますと上司から言われた。不謹慎かもしれないがそうやって心配できる人が身近にいることを羨ましく思った。

 

花に枯れてほしくなくてなるべく水を替えた。ラナンキュラスは大輪で見ていて華があるなって花に向けて思った。

 

仕事、本当に純粋に辞めどきがわからない。自分や職場の人の悪いところばかり目につく。かといって転職をするわけでもなく、転職活動も面倒だななんて、沼にずぶずぶに嵌り続けている気がする。なんにせよ甘えな気がする。とりあえずロッカーや身の周りや心は綺麗にしておこうと思った。持ち仕事のマニュアルにも着手したいところだ。

 

誕生日だからと父に食事へ連れてってとねだったが仕事やらで忙しいと普通に断られてしまった。娘とは。ゴールデンウィークに母親を誘うと友達とカラオケ行くし焼肉にも行くから日にちによると言われた。娘より若い内容で充実しているようで何よりだと思った。母親の誕生日の前日に会う約束をした。

 

20170330

  煙草や酒に逃げて気持ち悪くなったりして裏切られたような気持ちになる。好きなものに縋ったり逃げたりするのってそういうことなのかもしれない。最近vape吸い始めました。煙がもくもく吐けるとたのしい。

 

  春ですね。この時期になると就職する時を思い出します。
夢を叶えた人や夢に近づいている人を見ると努力を無視してそれなりにいーなーと思ったりする。
  夢や将来を適当に選択してきた私としては遠い話であって当然なのかも知れない。
  小学生の卒業式ではみんな卒業証書をもらう前に一言将来の夢を体育館に響き渡らせる。みんなが早くも具体的な将来の夢を叫ぶ中、漠然とでっかい夢を叶えると言い放った私はでっかい夢を見つけることもなく姿だけでっかくなっていった。
  高校は家から近いという理由で選んだ。3年生になると進路相談や受験といったことを急かされ、急に将来のことを嫌でも考えさせられた。国語や数学の授業はあっても将来の授業はないじゃないか、一体いつ考えて決めろって言うんだ。特に考えてもでっかい夢などは浮かばず、ましてや自分の将来を想像することさえできなかった。
  小学生の頃は同級生に「でっかい夢?大統領にでもなるの?やばい国になりそう」と笑われたのを覚えている、この国ではな、大統領じゃなくて首相って言うんだよ。
  クラスに私だけ進路が決まっていなかった頃、度々担任の先生に呼び出されていたが先生の心配とは裏腹にバックれたりもしたもんだ。高校を卒業しても進路は決まっておらず、うちはお金がないからと進学の道は閉ざされ、成績はあるのだからお金が厳しいのなら夜間でもいいからと先生から進学を勧められた。夜間も高いじゃん。高いお金を払ってまで学びたいことも行きたいところもなく、ましてや大学生になんかなりたくなくて、でも社会人にもなりたくもなかった私は当時やっていたケーキ屋のバイトを続けていこうといわゆるフリーターの道を進もうと思った、が、もちろん先生には反対されそれならとハローワークへ行かされた。ハローワークへ行って最初にしたことは今でも覚えている、排便だ。文字通りくそくらえな気分だった。
  ハローワークで何か変わる気が、自分にもやりたいことが見つかると期待したが、バイト歴3ヶ月の経験しかない私にとって急に仕事とは、年収はとか言われてもピンと来ず、ただただ紹介される仕事を頷くだけだった。それなのに担当のおじいちゃんには良い子だと娘のように可愛がっていると、先生伝いで聞かされた。こまめに電話がきたりそれで起こされたりと心配をかけつつ流されるまま勝手に応募された会社へ面接に行き即日採用となった。私の就活なんて一週間足らずだ。面接が終わってありがとうございましたと言いながらスリッパのまま会社の外に出た瞬間にああ、落ちたなと思ったがその日の夕方に採用の電話がきた。ちゃんとハローワークの人や先生にお礼を言えなかったことを今でも少し後悔している。あれから5年が経とうとしている。

  仕事をしてなければ生きていなかった瞬間がまさにあった。念願の生活や一人暮らしもできていない。あの時無理矢理にでも背中を押してくれた人たちに感謝しつつ、今となってはクソみたいな職場に唾を吐きかけながら生活を叶えていきます。叶うなんて思わなかった。
  ずっとずっとまともな生活に憧れて、それをそっと夢にしていました。でっかい夢でも何でもないけど。

  今言えることはただ一つ、転職したいです。

20170327

  誕生日だからといって特別なことは何一つ起きない。
  桜も咲き始めたというのにとても冷え込む雨だった。
  眠りから覚めて母子手帳を読む。何時に生まれたんだっけと開いたが答えを見つけられず。何度読んでも泣いてしまうな、内容は笑ったとか転んだとかぐずったとか、そんなん。

  ケーキ屋に行って手づくりのショートケーキとチョコレートケーキを買う。お店のおばちゃんに寒いから風邪引かないようにねと言われた。
  帰ってゲームをしたりした。特に変わらない休日。
  夕方頃には晴れて夕日が差し込んできた。
  夜には幼馴染がプレゼントを届けに仕事帰りにわざわざ来てくれた。別れ際風邪引かないようにねと言われた。

  私にとっては特別な3月27日でも、みんなにとってはなんてことない3月27日だったり、忌々しい月曜日だったりしたんだな。

  誕生日が来たら幸せになるとか、何かしたら何かが報われるとか、行動に何かしら理由をつけて願掛けのように生きていても虚しいだけだからやめたいな。

  とうとう両親からおめでとうのメールは来なかった。今日という日に少しでも私のことを思い出してくれたらよかった。とりあえず自分の階段登っていきます。

20170320

  誕生日を一週間後に控えている。誕生日が当たり前のように幸せで当たり前のように欲しいものが手に入るわけではないと気が付いたのはもう随分と前である。

  春休みの誕生日なんて学生の時では忘れられやすかったり、誕生日プレゼントに親からゲームキューブスマブラのソフトを買ってもらったのが中古だったり、当時親友だった子から粗末なお祝いをされたり、幼稚園か小学生低学年の頃二つ上の従兄弟がフルスイングした金属バットが見事目の横に命中しパンダのような青痣を手で隠しながらケーキのロウソクの火を吹き消す私。どこか満たされなくてさびしくてあまり幸せな日を思い出せない、それでもプレゼントや0時ジャストに送られてきたデコメ満載のEメールとか嬉しかったよ。青痣を作ったあの日だって目に当たってないだけ幸せかもな、視力も良いもんだ。

  ゆっくりと幸せになりたい。

  外に出てもそんなもんだから、今年の誕生日は有給を取ったよ、自分へのご褒美に。好きなことを好きなだけして好きなだけ眠る。きっとそれもどこかさびしくなるんだろうな、わかってるけど幸せだと言い聞かせる。

  両親からお祝いのメールが来るといいな、それだけ。